康夏奈さんのモミの木のこと。

康夏奈さんのモミの木のこと。

自ら体験、体感した終わりのない風景の先を、私たちに見せてくれるアーティスト康夏奈さん。ラジオのゲストとしてお会いし、作品を通して生きていることをこんな風に昇華できるのか!と驚いたというクリス智子が、大好きな「モミの木」の作品のこと、夏奈さんご自身のことをお姉様である貴子さんと語ります。

クリス:

本日はCafuneにお越しくださって、ありがとうございます。

アーティスト康夏奈さんのお姉さま、吉田貴子さんにおいでいただきました。

吉田貴子さん:

今日はよろしくお願いいたします。

クリス:

夏奈さんの圧倒的なスケール感で描かれた作品、大好きなものがいくつもあるんですが、このモミの木はまた違った味わいがあって好きで。

吉田貴子さん:

この絵を描くことになったきっかけは、スパイラルでの展示でした。

1本の木を描くと決めて、当時、夏奈がその取材のために箱根に行ったんですね。その時に強羅の山で、たまたまモミの木に出会ったと聞いています。

それから、ちょうどその少し前にさいたま赤十字病院のプロジェクトでも木を描いていたんです。その時は、136枚の絵を描いたと言っていました。

クリス:

わぁ!それ、見に行きたい。まだあるんですか?

吉田貴子さん:

まだ、あるようです。たまたま友達のお母さまがさいたま赤十字病院に入院して、なんで夏奈さんの絵があるの?ってびっくりして連絡が来たんです。みかんとか、オリーブとか、レモンとか、色んな木が展示されています。

あとは、神奈川県立がんセンターでも絵を描いて欲しいというお話があって。その時も植物をというご指定だったのですが、夏奈が木や植物の絵を通して伝えたかったのは、人は、一本の木のように、一人で立って生きていくんだよというメッセージだと話していました。

クリス:

あぁ、いいですね。夏奈さんらしい。

私が最初に夏奈さんを知ったのは、代表作である深い海に潜るような立体的な地形を表すような作品で、拝見した時にそのエネルギーに圧倒されたんです。うわぁ、って。

吉田貴子さん:

「花寿波島の秘密」ですね。あの作品が一番有名な作品になりましたよね。

2013年に瀬戸内国際芸術祭で発表した作品なのですが。小豆島のそばにある花寿波島(はなすわじま)という小さな島を、20日間ほど、潜ったり、探検したりして描いたものです。夏奈が体験した島の景色を、まるで服をぐるりと裏返すようにしてすり鉢状のキャンバスに描きました。

クリス:

夏奈さんは全部、自分の体で体感して描かれる方ですよね。

吉田貴子さん:

そうですね。本人は、風景画家ではなく「体験画家」だと。フィールドアーティストだと言っていました。

クリス:

夏奈さんの作品の中で、このモミの木は、木が一本だけ描かれているちょっと変わった立ち位置の作品に見えます。他の作品は海や山、森などの景色全体を描かれている印象があったので。

吉田貴子さん:

そうなんです。2018年に描いた作品になります。夏奈はこのモミの木を「自画像」だと言っていました。木の葉っぱの部分からちょんちょん、ちょんちょんと描いていって、最後に真ん中の部分、ハートを埋める、いわゆる心臓の部分を埋めて、命を吹き込むという描き方をしています。

クリス:

自画像かぁ。面白い。

吉田貴子さん:

だから「モミの木のポートレート」と呼んでいたんです。

クリス:

なぜ、モミの木だったんだろう。

吉田貴子さん:

本人は、「強羅の山で、目があった」と言っていました(笑)。

クリス:

とても静かなんだけれど、上を向いている葉っぱがなんだか楽しそうで。ずっと眺めてしまうんです。モミの木の作品自体は大きいんですか?

吉田貴子さん:

150㎝くらいの大きさですね。

© courtesy of the artist’s family

クリス:

そんなに?海や山など、それまで大きな作品を描いていらしたパワフルな夏奈さんが、一本の木を描かれたというのも、とても印象的だったんですよね。

この色がまた好きで。リアルな色というよりも、夏奈さんの目を通して見た青と緑が美しくて。

このモミの木のカードが好きで大事すぎて、あまり使いたくないんですけれど(笑)。大切な人にはこのカードを贈りたくなるし、この時期は額に入れて飾って自分でもよく眺めています。他のカードとちょっと違うんですよね。紙の質感もとてもよくて。

吉田貴子さん:

木槌で打ったようなデコボコのある紙の手触りがいいですよね。あと、このモミの木はそれぞれに名前を付けていて、小さな「ミア」、スリムな「ジョアンナ」、おてんばな「ゾエ」、雪が多めな「ノーラン」がいます。どれも、スイス人で人気の女の子の名前らしく、箱根とスイスの街が姉妹都市ということで、そう名付けたと、当時夏奈から聞きました。

クリス:
なるほど〜、夏奈さんらしさを感じます。この「Face To The Green」という作品も素敵ですね。

吉田貴子さん:

この作品は、サイズが大きくて、完成する最後のあたりは両手で描いたらしいです。手が足りないって、両手にクレヨンを持って笑。端からずっと続けて描くわけではなく、ジグソーパズルを埋めるように、とつぜん違う場所にポンっと飛んで描いたり。絵を見ながら話してくれた本人の説明がまたよかったんです。「このあたりは風が吹いてるんだよね〜、でも、ここらへんは凪なの」とか。

クリス:

制作の様子、見てみたかったなぁ。

箱根でモミの木をご覧になって作品を描かれた時、夏奈さんはどういう状態だったんでしょうか。

吉田貴子さん:

乳がんから、がんが骨に転移して、胸骨が出てきてしまっていたんですね。そのことを「私は山の絵ばかり描いていたから、とうとうここに山ができた」って夏奈が言っていました。どんな状態でも、時に、自分を客観的に観察していました。そういえば、その頃にクリスさんにもお会いしましたよね。

クリス:

そうですね。ちょうど貴子さんと夏奈さんが一緒にいらして、近所で声をかけてくださって、びっくり。いつも「クリスさんのラジオは大好物」と言ってくださっていて、嬉しかった。ある時は、笑いながら私の頭をくしゃくしゃっと撫でて「この髪の毛欲しい~」って色々なやりとりを夏奈さんのモミの木を見ながら思い出します。一本の木を見つめるって、そんな風に誰かとの時間を反芻するような時間なのかも。

お借りした夏奈さんのノートにも、「私にとって制作、描くこととは?生きること。作るのをやめるときは死ぬとき。死んでも作ってると思う」ということが書かれていましたよね。「子供の頃、自分は宇宙人なのではないかと本当に思っていた。もしあっちを選んでいたらどうなっていたんだろうかと。枝分かれの選択についていつも考えて、いつも不眠症でした」とも。

もしかしたら、この世界が物足りなかったんじゃないか。宇宙でまたクレヨンを手に、ずっと宇宙を描いていらっしゃるんじゃないかと思ってしまいますね。

吉田貴子さん:

うん、そうですね。宇宙に取材に行ったっきり、楽しすぎて帰ってこないんじゃないかって。そんなふうに思うようにしていますが、快晴の日は、もしかしたらこちらのことが丸見えなのかな、と空を見上げてしまいますね。

Contents edit and photo by Hanae Koike

康 夏奈 Kou Kana アーティスト

1975年東京生まれ。ロサンゼルス、フィスカルス(フィンランド)、香川県小豆島でアーティスト・イン・レジデンスを経験。2010年に吉田夏奈の名前で展覧会デビュー。2016年に康夏奈に作家名を変更、2020年2月末に逝去。

身体を使って山や海を体験しながらフィールドワークのように制作をする中で生まれた作品からは作家の強い生命の片鱗を感じ取ることができる。

主な展覧会に、2020-21年「生命の庭」東京都庭園美術館、2016年「ArtMeets 03」アーツ前橋、2014年「MOTアニュアル2014」東京都現代美術館、2013年「VOCA展2013」上野の森美術館、「瀬戸内国際芸術祭2013」小豆島、2011年個展「Project N 44」東京オペラシティアートギャラリーなど。

吉田夏奈/康夏奈 作品集のお問合せ

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