11月の青〜潮工房 小西潮さん・江波冨士子さんの工房を訪ねました。

11月の青〜潮工房 小西潮さん・江波冨士子さんの工房を訪ねました。

気温が落ち着き、秋の気配が訪れた10月のはじめに、三浦にある潮工房さんをたずねました。Cafune POP UPイベント「11月の青」の開催にあたり、クリス智子が大好きなガラスの作品を作られる潮さんと冨士子さんに11月の青というテーマで作品を依頼。潮さんの遠く突き抜けるような深い青が印象的なレースガラスの作品と、あたたかく柔らかいブルーグリーンのピースが美しい冨士子さんのグラスの並ぶ工房でお話を伺いました。

クリス:

最初、ラジオに冨士子さんと潮さんが作品を送ってくださったのがご縁の始まりだったんですよね。1999年か2000年か2001年くらいだったかな。

江波冨士子さん:

その時はガラスで干支の作品を作っていたんですよね。最初にお渡ししたのは猿だったかな?

クリス:

そうですそうです。猿だった。

江波冨士子さん:

その後、クリスさんが展覧会に足を運んでくださって、実際にお会いしたんですよね。オードリー・ヘップバーンみたいな人が登場して。うちはテレビがなくて、いつもラジオでお声しか聞いたことがなかったから、明らかにちょっと雰囲気の違う方がいらしてびっくりしたんですよね。

クリス:

ははは。懐かしい。ガラスの猿に導かれたあの展覧会、とても記憶に残っています。

あのとき買った冨士子さんの大きめの器もずっと大事にしていて、今はCafuneのバスルームがしっくりきています。最初の頃から変わらないお二人の作品の魅力は、なんといっても、光と影。作品の美しさはもちろん、光を通したとき、その下に現れる影の美しさも、ずっと見ていたくなります。あと、繊細な作りなのに、想像以上に丈夫で使いやすいから、つい毎日手が伸びてしまう。 お二人は、それぞれに趣味人でもあり、様々なことをされていることが、作品作りにも影響されているように思いますが、今日はあらためて、ガラス製作についてのお話をお伺いできたらと。
そういえばお二人はアメリカの工房にいらした時期があるんですよね。どのくらいの期間だったんでしょうか?

小西潮さん:

アメリカの米国マサチューセッツ州にあるCHATHAM GLASS CO.(チャダムグラスカンパニー)というジム・ホームズという作家の工房で、僕は1994年から足掛け3年半くらい働いていました。

江波冨士子さん:

潮さんがあまりに良い働きをするものだから、もう一人日本人を雇ってもいいとボスが思ってくれて、私も行くことになりました。1995年から2年3ヶ月くらいチャダムグラスカンパニーにいましたね。

クリス:

そんな経緯がおありだったんですね。

江波冨士子さん:

兄弟子が辞めるタイミングでポストが空くから、今すぐ来れるんだったら話をしてあげるって潮さんから連絡があって、アメリカに渡りました。潮さんが先に日本に帰って、私は97年までアメリカにいて、次の人に引き継ぎをして、日本に戻りました。潮工房は1998年にオープンしたんですが、工房を開くなら、海沿いがいいねっていう話をしてたんです。チャダムグラスカンパニーが海沿いの場所にあったことも影響しているかもしれません。仕事の合間に泳ぎに行ったり、海で遊んだり。

小西潮さん:

カナディアンカヌーも倉庫にあるんですよ。

江波冨士子さん:

最近はなかなか登場しないね、カナディアンカヌー。今は日焼けが怖くて、海遊びもなかなかしなくなってしまったけれど、海の近くで工房を開ける場所を探していて、三浦に辿りついたんです。

クリス:

今回は「11月の青」というテーマを思いついてお二人にご相談をしたのですが、ガラスの色の調整って難しそうですよね。

江波冨士子さん:

ガラスは主な成分である珪砂、カリウム、ソーダ灰に、酸化鉛などを添加して作られます。鉛を20%以上入れると、バカラのようなカットを施すこともできる、輝きのあるガラスになります。いわゆるクリスタルガラスと呼ばれるものですね。青の色を出すためには、酸化コバルトの着色剤を入れます。原料はグレーですが、ガラスの中に入るとブルーになるんです。コバルトは耳かき一杯くらいで、深みのある青になります。

最初の頃は、自分たちで色を合わせる作業もやっていたんですけど、例えば青はシューッと縮み、赤はゆっくり縮む特性があるんですね。膨張係数(ガラスの縮み具合)を計算して、ひとつずつ実験しながらやらないといけないから、そのせいで最初はできたガラスが割れまくったんですよ。色はとても綺麗だったんだけど、作るもの、作るものが割れてしまうの繰り返し。それで自分たちで色の調合することはやめて、東京の下町にある工場でバッチと呼ばれる粉状の原料を調合してもらうようになりました。調合済みの原料を潮工房で溶解し、そのガラスを巻き取って棒状にし、パーツとなるガラス棒を作っていきます。

小西潮さん:

そうですね。レースガラスはヴェネチアン・ガラスの装飾法のひとつで、レースのような繊細な装飾をほどこす技法です。十字軍などの東西交渉でペルシャからヴェネツィアにガラスの技術がもたらされましたが、ヴェネツィアではクリスタルのような透明度の高いガラスが開発され、中世では政府が技術の流出を恐れ、本土から少し離れたムラノ島にガラス職人たちを幽閉して技術を門外不出にした歴史があります。

江波冨士子さん:

ムッリーネは、デザインが含まれたガラス棒の断面をモザイク状に並べて表現する技法でこれもヴェネチアン・ガラスの技法のひとつです。イタリア・ベネチアの古典技法の呼び名で、もともとは“ムッラ murra”という言葉から来ているそうです。ムッラは鉱物、石の名前で、おそらく蛍石ではないかと言われているんですね。光によって色が違って見える石を使って、古代のローマ人が酒の杯を作った。以前読んだ文献によると、石を継ぎ合わせてということが書いてあったので、ムッラの欠片を継ぎ合わせて、酒杯をつくったということなのだと思います。

クリス:

工房の方も見せていただけるとのこと。ありがとうございます。

この窯も手作りをされているんですよね。

小西潮さん:

レンガを縦に組んで窯を作るんですけれど。もう3回くらいは作り替えてるかな。1回目の窯は1998年から2006年だから、8年くらい経ってから一度作りかえて、2006年のあとは震災のタイミングでも作り替えましたね。坩堝の部分だけは作ってもらって、レンガは自分たちで組んでいます。プログラムコンピューターで釜の温度を管理し、UVセンサーで異常時に火を止める仕組みになっています。

クリス:

やはり震災の影響で、窯が壊れたり傾いたりということがあったんでしょうか。

江波冨士子さん:

窯は傾いても使えるんですけど、三浦の地域が計画停電が何度もあったんですね。停電するたびに窯が止まってしまうから、全然仕事にならなくて。窯を止めて、いっそ作り替えるかということになりました。

クリス:

熱い窯の前に立つと、やっぱり緊張感がありますよね。

江波冨士子さん:

そうですね。火を扱っているということはもちろんなんですけれど、五感が研ぎ澄まされるなぁと感じます。音にとても敏感になりますね。

小西潮さん:

やっぱり夏は大変ですね。火の正面はきついんですよ。どこに立つかというのも重要だったりします。ヴェネチアン・グラスでは師匠が回して、助手が吹くというスタイルが基本的です。僕たちは「4本の手」で仕事をすると言うんですが。アシスタントと意思疎通を図りながら作業をしていくので、息を合わせることがとても大切なんです。

江波冨士子さん:

大きな作品を作る場合には、人数が必要になります。吹き竿を回す人、吹く人、火をよける人、支える人。全部で5人がかりなんていうこともあります。体力と気力がいる仕事になります。吹いて形作られたガラスは1130度→480度→280度と段階を経て温度を下げ、自然徐冷をしていきます。

クリス:

例えば冨士子さんのグラスですと、何分くらいガラスを吹くものなんでしょうか。

江波冨士子さん:

だいたい35分くらいですね。

クリス:

35分間も!本当に体力と集中力のいる仕事ですね。

江波冨士子さん:

2階に上がって、ムッリーネのパーツを組み合わせるところをお見せしますね。

小西潮さん:

ここが江波のコックピットです。頭の中とつながっていて、素材の組み合わせができていきます。

江波冨士子さん:

ケインと呼ばれる色ガラスの棒の1本目のテストピースは自分で作ります。その後、原料を先ほどお話しした東京の下町の工場で調合してもらいます。例えば蜂蜜みたいな色にしたいですと話をして、調合してもらった粉状の素材をもらってくる。それをうちの溶解炉で溶かし、色ガラスの棒を引いて組み合わせていきます。透明のガラスがあって、白のガラスがあって、蜂蜜色のガラスがあって、そういうパーツを組み合わせていくんですね。

クリス:

そういう細かいものがこの1本に9個も入ってるんですね。すごい!

江波冨士子さん:

これは「星の砂」という星の形のシリーズなんですけど、ワイヤーをかけ、熱を加えて引っ張ると、こういう形になるんですよ。大体5.0mmが一番よく使うサイズなのですが、ガラス棒を引く際に、細くなってしまったり、太くなってしまったりする場合もあるので、サイズごとに分けておいて、組み合わせて使っていきます。

クリス:

例えばグラスひとつ分の組み合わせを作るのに、どのくらいの時間がかかるものなんでしょうか。

江波冨士子さん:

ガラス棒をカットして、まずはパーツを作ります。白が120粒でブルーが40粒というように並べていきます。ガラス棒をカットして、洗って並べてという工程全部で40分くらいですかね。

クリス:

ガラス棒を作った後の話ですもんね。色ガラスの素材を作るところから考えたら、大変な時間のかかるものなんですね。

江波冨士子さん:

そうですね。パーツを並べた後にガラスを吹くのが35分くらい。ロールアップして、なじませて、底を閉じて吹く。そしてまた火に入れという工程を何度も繰り返して仕上げていきます。

クリス:

吹く作業の工程は、だいたいいつも同じ回数になるんでしょうか。気温や湿度などによっても時間が変わるものなんですかね。

小西潮さん:

レギュラーの作品になると吹いて馴染ませての回数はほぼ一定ですね。

でも確かに日によって、寒い日はちょっと焼きがかかりにくいなとか、暑い日は早く焼けるなということもあるので、そのあたりの加減はしていきますね。手先の揺れや見た目で、どのくらい窯に入れればいいかは分かるので。ひとつの作品工程の中にはメリハリがあります。約30分間、緊張感を保ち続けることは大変なことだけれど、それがまた楽しいんです。

クリス:

繊細な作業を積み重ねて作られた美しい作品たち。お客様に直接手にとってご覧いただいて、ご自宅にお持ち帰りいただきますね。今日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

Contents edit and photo by Hanae Koike


<ゲストプロフィール>

小西潮

1989年 中央大学文学部史学科卒業

     ステンドグラススタジオ45勤務

1990年 ピルチャックグラススクール(米国)受講

1991年 富山ガラス造形研究所入学

1993年 同卒業 ゆのくにの森ガラス工房勤務

1994年 チャダムグラスカンパニー(米国)勤務

1996年 同社退社

1998年 ガラス工芸潮工房(神奈川県三浦市)設立

江波冨士子

1985年 陶芸家堤綾子氏のもとで夏休み1カ月間を過ごす。

1992年 多摩美術大学デザイン科ガラスコース卒業

1994年 富山ガラス造形研究所卒業

1995年 ヘイスタック(米国)サマースクール受講

1995年~1997年 チャダムグラスカンパニー勤務

1998年 ガラス工芸潮工房(神奈川県三浦市)設立

Cafune -one day “Pop-Up” event『11月の青』